W3C教
W3C教とは
W3Cを神とし崇め、神が世界(HTML)にもたらした聖書(文法)を信じること。
信仰告白
- 神はW3Cである
- 文法は絶対である。
- XHTMLはXMLである。XHTMLはHTMLでかつXMLである。目指すべきは安息の地、完全なXMLである。
- 教会はMarkup Validation Serviceである。W3Cの意思によってたてられた地上(WWW)におけるHTMLの象徴的身体であり、SGMLがその基盤を与えたとする。そのようなMarkup Validation Serviceは、時間と空間を超えた統一的な存在であり(一性)、W3Cによって聖とされ(聖性)、万人が参加することができ(普遍性)、W3Cの勧告であるhtmlたち、につらなるものであると信じる。これを実現することが信者の務めである。W3C教信仰は、他者との歴史的また同時代的共同(交わり)のなかにのみなりたつもので、孤立した個人によって担われるものではない。
- 洗礼による罪の赦し。洗礼は教会で執り行われる。正当な教会である。Markup Validation Service以外にも、日本ではAnother HTML-lint gatewayという日本語の教会が存在する。洗礼とは自らのサイトをこれら教会のチェッカーに通すことである。自らの罪(文法違反)の多さに応じて教会は警告をくださる。
- 最後の審判(いつか)において、すべてのブラウザは文法の古い使用や間違った文法を排除する。信じるものには正しい表示が与えられる。
- 使徒とは、HTML 4.01、XHTML 1.0、XHTML 1.1、XHTML 2.0、XML等が確認されている。使徒は現世の現れ方の違いによって、Frameset、Tran sitional、Strictがある。例えばHTML 4.01Transitionalである。神性はStrictが最も高い、あくまでFrameset、Transitionalは使徒が人にわかりやすいよう みせた仮の姿であるので、信者はStrictを目指すべし
- 注意。もっとも信心深いものはXHTML 2.0やXMLに従って日々の生活(サイト作成)を行っているが、あまりにも信心深すぎて、多くの国(ブラウザ)で迫害を受けている(表示できない)。しかし彼らに罪があるのではなく神の福音を実装しない国王(ブラウザ作成の責任者)の責任である。我々W3C信者は神にもっとも忠実な国(ブラウザ)を称えこれらの国に移民(インストール)すべし
- 我等の敵はアンチW3C教である。彼らはいう、見栄えが大事だと。我々は反論する、見栄えはCSSでコントロールできると。彼らはいう、面倒くさいと。我々はいう、怠慢だと。我等に正義がある。なぜなら彼らの多くはDOCTYPE宣言によって自らが基づくDTDを指定している。だから我々はいう。なぜ指定しているDTDと本体が乖離しているのかと?しかしながら我々のすべきことはW3C信者を増やし神を称えることが本懐である。現在のところ論戦で相手を回心させた例はない。むやみに暴力(書き込み)をするべきではない。しかしながらこちらのサイトに(攻撃)書き込みをされたら反撃すべし。そしてW3C信者が集まるスレにその内容貼り付けるべし。それは少数派である我々の自衛策である。やられたらやり返す。
- 他の宗教との兼ね合い。W3Cは寛大である。他の神様を信じることをお許しになる。例えばT72神を信じたり、ギネアアブラヤシ教団に所属していても、W3Cを信じることができる。
- 日々一回はサイトをチェッカーに通しW3C詣をすべし
- 現在もっとも信仰深いものはUTFで文字を書きHTTPレスポンスヘッダーを省略せずapplication/xhtml+xmlと表示させたAn XHTML+MathML+SVG Profileである
- 使徒XHTML2.0が現れる日(まだ Working Draft)は近い、CSS3もいずれすべてがRecommendation になるであろう。来る日にそなえて日々勤行すべし